アニメ『幼女戦記Ⅱ』第6話「囮」の動画補足記事です。
この記事では、海外でも「今シーズン最高のエピソード」と絶賛された第6話と、自らを囮にして戦場へ立ったゼートゥーアに触れつつ、動画内では時間の都合で語り尽くせなかった哲学者・ジェレミ・ベンサムの生涯と功利主義について、詳しく掘り下げていきます。
人々の幸福を増やし、苦痛を減らすことを目指したベンサム。
その思想から、ゼートゥーアの「自分の死すら計算に入れる合理性」を考えてみましょう。
ぜひこの記事と動画を合わせてご覧ください。
【動画補足】幼女戦記Ⅱ 第6話 ベンサムの功利主義「最大多数の最大幸福」
なぜゼートゥーアは、自分自身の命まで戦略上の「駒」として計算に入れることができたのでしょうか?
今回公開した動画では、18世紀から19世紀のイギリスを代表する哲学者・法学者ジェレミ・ベンサムの功利主義を通して、ゼートゥーアの恐ろしいほどの合理性について考えました。
ただし、ベンサムが最大化しようとしたものは「軍事的勝利」ではありません。
人々の幸福です。
この違いから見えてくるものとは何なのでしょうか?
1. 海外が大絶賛!『幼女戦記Ⅱ』第6話とゼートゥーアの狂気
『幼女戦記Ⅱ』第6話「囮」で大きな存在感を放ったのが、ゼートゥーアでした。
自分自身を囮にして連邦軍を引きずり出し、ターニャなら自分の意図を理解すると考えて前線へ向かう。
しかも、自分が戦死する可能性さえ作戦の結果として計算に入れているように見える姿に、海外ファンからは「ターニャ以上に狂っている」という声まで上がりました。
そしてターニャとゼートゥーアが炎の中で背中合わせに立つ場面には、「完全に映画だった」「今シーズン最高」と絶賛の声が寄せられています。
海外ファンは第6話をどう見たのでしょうか?

今シーズン最高のエピソードだ。
もしかしたらシリーズ全体でも最高かもしれない。
デグレチャフを完全に信頼するゼートゥーア。
戦争を終わらせるためなら死ぬことすら厭わない覚悟。
そして炎の中で背中合わせに立つ二人。
完全に映画だった。

ゼートゥーアはたぶんターニャ以上に狂ってる。
今日の作戦は最初から最後まで完全にイカれてたよ。

前回、ゼートゥーアはターニャという大駒を犠牲にする覚悟があると言っていた人がいて、俺はそれに反対した。
でも半分は正しかったみたいだ。
ゼートゥーアは、それよりさらに大きな駒まで犠牲にする覚悟がある。
つまり自分自身だ。

ゼートゥーアと背中合わせで立つターニャ。
完全に映画だった。
このエピソードだけでも第2期を待った甲斐があった!
第6話はゼートゥーアの覚悟と狂気に、海外ファンからも大きな反響が寄せられていました。
2. ベンサム先生の哲学講座:ゼートゥーアと功利主義
動画の中では、ピヨ太郎ともちもちの元に、特別講師としてジェレミ・ベンサム先生が登場します。
※哲学者のセリフは、史実や著書の内容を参考にしつつ、アニメの考察に合わせて独自に構成したフィクションが含まれます。
学術的な正確性を保証するものではありませんので、一つの考え方としてお楽しみください。

私はジェレミ・ベンサム。
18世紀から19世紀にかけてイギリスで生きた哲学者であり、法学者だ。
最大多数の最大幸福という言葉を聞いたことはあるかな?

さいだいこうふく?
最大に幸せってこと?

だいたいそんな感じだよ。
できるだけたくさんの人を、できるだけ幸せにするということだ。
行為の善悪は、その結果として生み出される幸福と苦痛で決まる。
幸福を増やし、苦痛を減らす選択が正しいと考えるんだ。
功利主義とは何か?
ベンサムは、近代の功利主義の基礎を体系的な形で示した思想家として知られています。
その考え方の中心にあるのが「功利性の原理」です。
ある行為や制度が、人々の幸福を増やすのか、それとも減らすのか。
幸福を増大させ、苦痛を減少させる方向へ働くものを評価する。
これがベンサムの功利主義を理解するための大きな出発点です。
ベンサムは、人間を快楽と苦痛の影響を受ける存在として捉えました。
そして道徳だけではなく、法律や刑罰、政治制度まで、人々にもたらす幸福と苦痛という観点から合理的に検討しようとしました。
快楽計算:幸福は計算できるのか?
ベンサムの思想で特に有名なのが「快楽計算」です。
彼は快楽や苦痛を、単なる曖昧な感覚のままにせず、判断のために比較しようとしました。
『道徳および立法の諸原理序説』では、快楽や苦痛を評価する際の要素として、強さ、持続性、確実性、時間的な近さ、さらにその快楽や苦痛が別の結果を生み出す可能性などを挙げています。
また、多くの人が関係する場合には、影響を受ける人の範囲も考慮されます。
ただし、これは日常のすべての行動について実際に数値を入力して答えを出すという意味ではありません。
ベンサム自身も、厳密な計算を毎回行うことが現実的ではないことを認識していました。
「最大多数の最大幸福」は多数のために少数を犠牲にする思想なのか?
ここは、ベンサムの思想を理解するうえで非常に重要なところです。
「最大多数の最大幸福」という言葉だけを見ると、多数の幸福のためなら少数者を犠牲にしてもよいという思想に見えるかもしれません。
しかし、ベンサムは後年、この表現が抱える問題を認識していました。
少数者の感情や苦痛を計算から外し、多数者の幸福だけを数えれば、共同体全体の幸福はかえって減少してしまうと考えたのです。
重要なのは「多数だから正しい」ではありません。
共同体を構成する一人ひとりの幸福と苦痛を計算に含めることです。
ベンサムの後期の議論では、それぞれの人の利益を公平に数えるという考え方が重要になっていきます。
ゼートゥーアは功利主義者なのか?
では、第6話のゼートゥーアはベンサム的な功利主義者なのでしょうか?
動画では、両者には「計算の形」という意味では似た部分がある一方、決定的な違いがあるという形で考察しています。

ゼートゥーアが最大化しようとしているのは、人々の幸福じゃなくて軍事的な勝利なんだ。
私の功利主義は、全員の幸福と苦痛を公平に数えるための道具だった。
でもゼートゥーアは、戦争という目的のために、その計算の形だけを使っているんだ。
そして恐ろしいのは、ゼートゥーアが他人だけを計算に入れているわけではないことです。
自分自身の命まで、その計算に入れている。
ここに第6話で海外ファンが感じた「狂気」の一端があるのではないでしょうか。
ターニャとの合理性の違い、グランツが担っていた役割、戦場でゼートゥーアが「お茶」を語った意味、そして功利主義の計算が持つ危うさについては、動画本編で詳しくお話ししています。
ぜひ動画と合わせてお楽しみください。
3. 哲学者ジェレミ・ベンサムの生涯
ここからは、動画の解説役として登場したジェレミ・ベンサムが、実際にはどのような人生を歩んだ人物だったのかを詳しくご紹介します。
3-1. 1748年、ロンドンに生まれる
ジェレミ・ベンサムは、1748年2月15日にロンドンで生まれました。
父は弁護士のジェレマイア・ベンサム、母はアリシア・ホワイトホーンです。
非常に早くから教育を受け、12歳でオックスフォード大学クイーンズ・カレッジへ入学しました。
しかし、ベンサムにとって学校生活は決して幸福なものではありませんでした。
後年、ウェストミンスター・スクールでの教育を厳しく評価し、オックスフォードの大学制度にも特権や偏見、怠惰があると考えるようになります。
3-2. 法律家になったのに、法廷を選ばなかった
オックスフォードを卒業したベンサムは、法律家になるための道を進みました。
1769年には法廷弁護士の資格を得ます。
ところが、実務の法律家として活動する道には進みませんでした。
彼が関心を向けたのは、当時の法律そのものを分析し、より合理的な制度へ作り変えることでした。
ベンサムはウィリアム・ブラックストンの法思想にも批判的でした。
そしてヒューム、エルヴェシウス、ベッカリーアなどの著作から影響を受けながら、法律や社会制度を評価するための基準として「功利」を重視するようになります。
3-3. 1776年『政府論断片』と功利性の原理
1776年、ベンサムは匿名で『政府論断片(A Fragment on Government)』を出版しました。
ここで彼は、正しい政治や法律を判断するうえで、人々の幸福を基準にする考え方を打ち出していきます。
そして1789年に刊行された代表作『道徳および立法の諸原理序説』では、古典的功利主義の基本的な考え方を体系的に提示しました。
ベンサムにとって功利主義は、個人の生き方だけを考えるための哲学ではありません。
刑法、民法、裁判制度、政治、経済、教育、貧困問題など、社会の仕組みそのものを改善するための基準でした。
3-4. パノプティコンという巨大な挑戦
ベンサムの名とともに現在まで語られている構想の一つが「パノプティコン」です。
基本となるアイデアは弟サミュエルから得たもので、ベンサムはそれを刑務所などへ応用する構想へ発展させました。
円形の建物の中央に監視場所を設け、そこから収容者を観察できるようにする設計です。
この仕組みだけを見ると、現代では「監視社会」を連想する人も多いと思います。
しかし、ベンサムの構想には別の側面もありました。
ベンサムは収容者だけでなく、監獄を運営する側にも透明性と説明責任を求めました。
一般の人々や議員が施設を訪れ、管理者側も公衆の監視にさらされる仕組みを考えていたのです。
つまり「見る側だけが絶対的な権力を持つ」という単純な構想ではありませんでした。
権力を持つ者の行動も公開し、公衆の批判にさらすという考え方が組み込まれていました。
ベンサムは長い年月と多額の私財をこの計画に費やしました。
しかし、パノプティコン刑務所は彼の構想通りには実現せず、1802年には事実上の敗北を認め、1812年に政府から補償金を受け取ることになります。
3-5. 政治改革へ向かった晩年
パノプティコン計画の挫折は、ベンサムの政治思想にも大きな影響を与えました。
権力を持つ者が自分自身の利益を優先してしまう問題に、彼はますます強い関心を向けるようになります。
19世紀に入ると、ベンサムは議会改革を公然と支持するようになりました。
選挙権の大幅な拡大、秘密投票、議会活動の公開など、政治権力を監視し、人々の利益と政治家の利益を近づけるための制度を提案していきます。
彼の関心は、生涯を通じて「どうすれば社会制度を人々の幸福につなげられるのか」という問いへ向けられていたと言えるでしょう。
3-6. 1832年の死と「オート・アイコン」
ベンサムは生涯結婚せず、1832年6月6日にロンドンで亡くなりました。
84歳でした。
そして彼は、死後まで非常にベンサムらしい選択をしています。
遺言によって、自らの遺体を医学教育のために解剖させ、その後、骨格を保存して衣服を着せた「オート・アイコン」として残すことを望みました。
現在もそのオート・アイコンは、ロンドンのユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンに保存されています。
ただし、現在展示されている頭部は蝋製のものです。
生きている間だけでなく、死後の自分の身体さえ教育に役立てようとしたベンサム。
その選択からも「役に立つとは何か」を徹底して考え続けた彼らしい一面が見えてきます。
4. ゼートゥーアとベンサム
こうしてベンサムの思想と生涯を振り返ると、第6話のゼートゥーアとの間には興味深い共通点と、決定的な違いが見えてきます。
共通して見えるのは、感情だけではなく「結果」から物事を考える姿勢です。
ゼートゥーアは自らを囮にすることで敵を動かし、ターニャなら自分の意図を理解すると読んでいました。
さらに、自分が死んだ場合に起こる結果まで考えているように描かれています。
しかし、ここでベンサムの思想と同一視することはできません。
ベンサムが功利性の原理によって目指したものは、人々の快楽や幸福を増やし、苦痛を減らすことでした。
一方、動画で考察したゼートゥーアが最大化しようとしているものは軍事的・戦略的な結果です。
だからこそ第6話のゼートゥーアは、功利主義そのものというよりも、人間を結果のために計算する合理性を極限まで押し進めた人物として見ると興味深いのではないでしょうか。
しかも彼は、他人だけを犠牲にしようとしているのではありません。
自分自身も同じ計算の中に置いています。
「ゼートゥーアはターニャ以上に狂っている」という海外ファンの反応が印象的だったのは、この部分なのかもしれません。
ただし、自分が死ぬ覚悟を持っていることと、その行為が道徳的に正しいことは同じではありません。
合理的な計算だけで人間を捉えたとき、何が失われるのか。
その問題を考える入口として、ベンサムの功利主義はとても興味深い思想だと思います。
まとめ
『幼女戦記Ⅱ』第6話「囮」は、ゼートゥーアという人物の凄さと恐ろしさが強烈に描かれたエピソードでした。
ターニャなら自分の意図を読み取ると考え、自ら前線へ向かう。
自分自身を囮にして敵を動かし、さらには自分の死すら戦略的な結果へ結びつけようとする。
海外で「ターニャ以上に狂っている」と言われたのも分かる気がします。
そして今回調べたベンサムも、かなり面白い哲学者でした。
「幸福を増やし、苦痛を減らす」という考え方だけを聞くと、とても分かりやすいのですが、それを本気で法律や政治、刑罰、社会制度にまで適用しようとしていたんですね。
さらにパノプティコンを調べると、単純に「囚人を監視する怖い刑務所」というだけではなく、運営する側まで公衆の目にさらして透明性を確保しようとしていたことも興味深かったです。
そして何より、死後は自分の身体まで教育に役立てようとする。
ここまで徹底していると、ベンサムという人自身が「自分も計算の外に置かない」という人物だったようにも感じてしまいます。
ゼートゥーアとベンサムはもちろん同じではありません。
それでも「何を最大化するのか」「結果のためにどこまで計算してよいのか」という問いを重ねてみると、第6話がまた少し違って見えてくる気がします。
動画では、ゼートゥーアとターニャの合理性の違いや、グランツとの対比、そして戦場で語られた「お茶」が持つ意味なども含めて、より視覚的に分かりやすく考察しています。
まだご覧になっていない方は、ぜひチェックしてみてください。

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©カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記2製作委員会


