アニメ『幼女戦記Ⅱ』第11話「砂時計」の動画補足記事です。
この記事では、ゼートゥーアからルーデルドルフ排除を持ちかけられたターニャが示した、さらに一歩踏み込んだ案と、そこから見えてくるニッコロ・マキャヴェリの政治思想について掘り下げていきます。
動画の哲学幻談では『君主論』第7章に登場するチェーザレ・ボルジアとラミロの史実を紹介しました。
ここでは動画では語りきれなかったマキャヴェリの生涯、『君主論』が生まれた背景、政治を「理想」ではなく「現実」から考えた彼の思想について、さらに詳しく見ていきます。
ぜひこの記事と動画を合わせてご覧ください。
【動画補足】アニメ 幼女戦記Ⅱ 第11話 マキャヴェリ「500年前に書かれていたターニャの案」
親友ルーデルドルフを排除する決断をしたゼートゥーア。
しかし海外ファンをさらに驚かせたのは、その提案を受けたターニャについてでした。
ただ一人を排除するのではなく、その死を利用して、さらに大きな政治的効果を生み出そうとする。
今回公開した動画では、その発想と驚くほどよく似た出来事が約500年前の『君主論』に記されていることを、ニッコロ・マキャヴェリ先生と一緒に見ていきました。
1. 海外が震えた!『幼女戦記Ⅱ』第11話「これは官僚制が暴走するホラーだ」
『幼女戦記Ⅱ』第11話「砂時計」では、ゼートゥーアが長年の親友であるルーデルドルフを排除するという重大な決断を下します。
ところが、その話を聞いたターニャは単純に反対するのではありませんでした。
むしろ「彼一人だけを排除する必要がありますか?」と、さらに踏み込んだ方向へ話を進めます。
敵である連合王国側でもルーデルドルフを狙う動きが進む中、味方と敵の思惑が奇妙に重なっていく第11話。
海外ではターニャとゼートゥーアの恐ろしいほどの相性や、戦争が軍事だけではなく政治そのものへ踏み込んでいく展開に多くの反応が集まりました。
海外ファンは第11話をどう見たのでしょうか?

少しくらい躊躇するシーンがあると思ってた。
でも全然そんなことはなくて、完全に乗り気なうえに、全部を隠蔽する方法まで考えてやがる。
マジで背筋が凍る。

ターニャが「馬鹿げている」みたいなことを言ったときは断ると思ったのに、むしろそこから倍プッシュしてきた。

今回を見て、ゼートゥーアとターニャは本当に魂の伴侶なんじゃないかと思わずにはいられなかった。
もちろん、そういう意味じゃないぞ。

俺みたいなアホは、この作品を格好いい魔法戦闘を見るアニメだと思ってたんだ。
違った。
これは官僚制が暴走するホラーだ。
ターニャとゼートゥーアの笑顔に震える海外ファンが続出した第11話でした。
特に興味深いのは、ターニャが単純に「暗殺に賛成した」というだけではないところです。
海外コメントでも指摘されていたように、彼女はルーデルドルフ一人を排除することよりも、その出来事をどう利用するかというところまで考えています。
そして実は、これと非常によく似た政治的な出来事を約500年前に記録した人物がいました。
それが今回の哲学幻談に登場するニッコロ・マキャヴェリです。
2. マキャヴェリ先生の哲学講座:500年前に書かれていたターニャの案
動画の後半では、ピヨ太郎ともちもちの元に、3回目の登場となるニッコロ・マキャヴェリ先生がやってきます。
※哲学者・思想家のセリフは、史実や著書の内容を参考にしつつ、アニメの考察に合わせて独自に構成したフィクションが含まれます。
学術的な正確性を保証するものではありませんので、一つの考え方としてお楽しみください。

君たちは、ターニャの案が新しく思えるかい。
残念ながら、五百年前に私が書き残しているんだ。
私が書いた『君主論』の第七章だ。
チェーザレ・ボルジアという男の話をしよう。

えー!
ターニャみたいなことを500年前にも考えた人がいたのー?

考えただけではない。
実際に起きた出来事を、私は自分の目で見聞きしていたんだ。
舞台はロマーニャ。
そして中心にいたのがチェーザレ・ボルジアと、その部下ラミロだ。
『君主論』第7章に登場するチェーザレ・ボルジア
マキャヴェリが『君主論』第7章で詳しく取り上げたのが、ルネサンス期イタリアの政治家チェーザレ・ボルジアです。
チェーザレはロマーニャ地方を支配下に置いたものの、当時のロマーニャは秩序が乱れていました。
そこでチェーザレは、ラミロ・デ・オルコと呼ばれる人物に大きな権限を与え、統治を任せます。
『君主論』でマキャヴェリは、ラミロを苛烈で実行力のある人物として描いています。
その厳しい統治によって、ロマーニャには秩序がもたらされました。
しかし、ここで新しい問題が生まれます。
厳しい統治は秩序を生み出す一方、人々の憎しみも集めてしまったのです。
チェーザレ・ボルジアは、混乱していたロマーニャの統治をラミロに任せる。
ラミロの苛烈な統治によって秩序は回復する。
しかし、その苛烈さに対する人々の憎しみが残る。
そこでチェーザレは、ラミロを排除することで、自らとその苛烈な統治を切り離して見せた。
『君主論』第7章でマキャヴェリが紹介した、非常に有名な政治的エピソードです。
1502年12月26日の朝。
ラミロの遺体は二つに断たれ、チェゼーナの広場にさらされました。
しかも、この出来事を遠い場所から聞いていたわけではありません。
当時マキャヴェリはフィレンツェ共和国の外交使節としてチェーザレ・ボルジアのもとに滞在しており、この事件を同時代に報告しています。
ただし、ここには非常に重要な点があります。
事件が起きた当時のマキャヴェリ自身は、ラミロが処刑された本当の理由を把握していませんでした。
それから約10年後。
マキャヴェリは『君主論』第7章の中でこの出来事を取り上げ、民衆の憎しみをラミロに負わせ、そのラミロを排除することで人心を掌握したチェーザレの政治手腕として描きました。
マキャヴェリが見ていたのは「善い政治だったか」だけではなく、「実際に何が政治的な効果を生んだのか」でした。
ターニャの案と重なるもの
ここで『幼女戦記Ⅱ』第11話へ戻ってみましょう。
ゼートゥーアが持ちかけたのは、ルーデルドルフの排除でした。
ところがターニャは、ただ一人を消すという発想で終わりません。
重要なのは、一つの行為からどのような政治的結果を生み出せるのか。
誰に責任を負わせるのか。
その出来事を、その後の状況にどう利用するのか。
この部分が、動画でマキャヴェリ先生が『君主論』第7章を持ち出した理由です。
ただし、ターニャの案とチェーザレ・ボルジアの史実が完全に同じという意味ではありません。
作品の状況も人物の目的も異なります。
動画では、この二つを重ねながら「政治において、一つの行為をどこまで先の結果まで考えて利用するのか」という視点から考察しています。
では、マキャヴェリ先生はターニャの案をどのように読み解いたのでしょうか?
そしてチェーザレ・ボルジアとラミロの話から、第11話の何が見えてくるのでしょうか?
この続きは、ぜひ動画本編の「哲学幻談」でお楽しみください!
3. ニッコロ・マキャヴェリの生涯
ここからは、動画では時間の都合で詳しく紹介できなかったニッコロ・マキャヴェリの生涯を見ていきましょう。
「マキャヴェリズム」という言葉から、冷酷な権力政治を想像する方も多いかもしれません。
しかし実際のマキャヴェリは、政治を外から眺めていた思想家ではありませんでした。
外交、戦争、政変、失脚、投獄を実際に経験し、その現実の中から政治について考え続けた人物です。
3-1. 1469年、フィレンツェに生まれる
ニッコロ・マキャヴェリは、1469年5月3日にイタリアのフィレンツェで生まれました。
当時のイタリア半島は一つの国家ではなく、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、ナポリ、教皇領など、複数の政治勢力が競い合う世界でした。
さらにフランスやスペインなど国外の大国もイタリアへ介入します。
同盟関係は変化し、昨日の味方が明日の敵になることもある。
マキャヴェリが生きたのは、まさに政治と戦争が激しく動く時代でした。
若い頃のマキャヴェリについて確実に分かっていることは、それほど多くありません。
しかしラテン語を含む人文主義的な教育を受け、古代ローマの歴史や文学に親しんでいたことが、その後の著作から分かります。
3-2. 29歳でフィレンツェ共和国の政治の世界へ
マキャヴェリの人生が大きく動くのは1498年です。
29歳だった彼は、フィレンツェ共和国の第二書記局長に任命されました。
その後約14年間、マキャヴェリは外交や軍事に関わる実務を担当します。
フランス王宮や神聖ローマ皇帝のもとなどへ派遣され、各国の政治を間近で観察しました。
彼が後に『君主論』で語る政治は、書斎の中だけで組み立てられたものではありません。
権力者がどのように決断するのか。
同盟はなぜ崩れるのか。
軍事力を持たない国家がどのような危険にさらされるのか。
マキャヴェリは外交官として、その現実を直接見続けていました。
3-3. チェーザレ・ボルジアとの出会い
マキャヴェリの政治思想を考えるうえで欠かせない人物が、先ほど登場したチェーザレ・ボルジアです。
マキャヴェリは外交使節としてチェーザレのもとに滞在し、その行動を間近で観察しました。
そして1502年12月、ラミロが処刑された時期にも現地にいました。
マキャヴェリにとってチェーザレは、単なる歴史上の人物ではありません。
自分自身が外交の現場で接触し、その政治的判断を観察した同時代の権力者だったのです。
約10年後に書かれた『君主論』では、その経験が重要な材料として使われることになります。
3-4. 共和国崩壊、失職、投獄、そして拷問
しかし1512年、マキャヴェリの人生は一変します。
メディチ家がフィレンツェへ復帰し、共和国の政治体制は崩壊しました。
共和国政府に仕えていたマキャヴェリは職を失います。
さらに翌1513年には、メディチ家に対する陰謀への関与を疑われ、投獄されました。
そこで彼は拷問まで受けます。
その後釈放されましたが、かつて政治の最前線を飛び回っていたマキャヴェリは、公職から遠ざけられることになりました。
しかし皮肉なことに、この失脚が後世に残る一冊を生み出すことになります。
3-5. 失意の中で生まれた『君主論』
政治の世界から追放されたマキャヴェリは、フィレンツェ郊外の農園で暮らすことになります。
そして1513年末頃、『君主論』を書きました。
『君主論』は、理想的な君主の人格を説くだけの本ではありません。
国家を獲得し、それを維持するためには何が必要なのか。
現実の政治において、人間は実際にどのように行動するのか。
外交官として見てきた経験と歴史上の事例を材料に、それを徹底的に考察した書物です。
マキャヴェリが政治を見るときに重視したのは、「人間はこうあるべきだ」という理想だけではありません。
実際の人間や国家がどう動いているのか。
そして、その現実の中で統治者は何をしなければ国家を維持できないのか。
この現実への視線が『君主論』を非常に特徴的な政治思想書にしました。
ただし『君主論』は、マキャヴェリの存命中には出版されませんでした。
書物として出版されたのは、彼の死後の1532年です。
3-6. 『君主論』だけではないマキャヴェリ
マキャヴェリというと『君主論』の印象が非常に強いですが、彼の思想はそれだけではありません。
古代ローマの歴史家リウィウスを題材にした『ディスコルシ』では、共和政について詳細に論じています。
また『戦術論』では軍事について論じ、『フィレンツェ史』ではフィレンツェの歴史を記しました。
さらに戯曲『マンドラゴラ』などの文学作品も残しています。
政治思想家、外交官、歴史家、軍事思想家、文学者。
マキャヴェリは一つの肩書きだけでは収まらない人物でした。
3-7. 晩年と1527年の死
晩年のマキャヴェリは、少しずつメディチ家から仕事を任されるようになります。
1520年にはフィレンツェの歴史を書く仕事を依頼され、後に『フィレンツェ史』として完成させました。
しかし、完全にかつての政治的地位へ復帰することはありませんでした。
1527年6月21日、マキャヴェリは58歳で亡くなります。
生前の彼がどこまで予想していたかは分かりません。
しかし死後に出版された『君主論』は、その後500年近くにわたり読み継がれ、マキャヴェリの名を政治思想史に残すことになりました。
4. マキャヴェリの思想とは?
では、なぜマキャヴェリの思想はこれほど長く議論され続けているのでしょうか。
一つの大きな理由は、政治を道徳的な理想だけから考えるのではなく、権力が現実にどのように働いているのかという視点から分析したことにあります。
4-1. 「目的のためなら何をしてもいい」と言ったのか?
マキャヴェリについて語られるとき、よく「目的は手段を正当化する」という言葉が紹介されます。
しかし、この日本語そのままの有名な文句が『君主論』に書かれているわけではありません。
マキャヴェリの政治思想を簡潔に表現するため、後世に広まった言い方として理解した方が適切です。
『君主論』で実際に繰り返し論じられているのは、政治の現実では、一般的に善いとされる行為だけでは国家を守れない場合があるという問題です。
統治者は善く行動できるならそうすべきだとしても、状況によっては通常なら悪と評価される行為を選択する能力も必要になる。
この考え方が、マキャヴェリを非常に有名にすると同時に、激しい論争を呼ぶ原因にもなりました。
マキャヴェリを単純に「悪事を推奨した思想家」と理解するのは注意が必要です。
『君主論』をどのように解釈するかについては、政治的非道徳主義として読む立場、現実主義として読む立場、共和主義との関係を重視する立場など、現在までさまざまな議論があります。
4-2. 「善人であること」と「国家を維持できること」は同じなのか
マキャヴェリ以前にも、君主がどうあるべきかを論じた書物は数多く存在しました。
そこでは君主に徳や信仰、正義などを求める考え方が重要な位置を占めていました。
しかしマキャヴェリは、政治の現場では「善い人間であること」と「権力を維持して国家を守れること」が必ずしも一致しない現実に目を向けました。
善良であれば必ず政治的にも成功するのか。
約束を守れば必ず相手も守るのか。
慈悲深く振る舞えば必ず国家は安定するのか。
外交官として裏切りや戦争、政変を見続けたマキャヴェリにとって、答えはそれほど単純ではありませんでした。
4-3. 「ヴィルトゥ」と「フォルトゥナ」
マキャヴェリを理解するときに重要な概念として、ヴィルトゥ(virtù)とフォルトゥナ(fortuna)があります。
フォルトゥナは「運命」「運」「偶然」といった意味を持つ言葉です。
政治の世界では、どれほど優秀な人間でも自分では完全に制御できない出来事に遭遇します。
一方のヴィルトゥは、単純な道徳的な「徳」と同じ意味ではありません。
状況を見抜く力、決断力、行動力、必要に応じて自らのやり方を変える能力など、現実の中で運命に対抗する政治的力量を含んだ概念です。
『君主論』第25章でマキャヴェリは、運命を荒れ狂う川にたとえています。
川が氾濫してから完全に止めることは難しい。
しかし平穏なときに堤防を築いておけば、被害を減らすことはできる。
人間は運命のすべてを支配することはできない。
しかし、だからといって何もできないわけでもない。
変化を予測し、準備し、状況に応じて行動する。
マキャヴェリが政治家に求めた重要な能力の一つが、この現実への適応力でした。
4-4. ライオンとキツネ
『君主論』には、統治者を考えるうえで有名な動物の比喩も登場します。
それがライオンとキツネです。
ライオンは力を象徴します。
しかし力だけでは罠を見抜くことができません。
一方のキツネは罠を見抜くことができます。
しかし狼のような強敵を力で退けることはできません。
だから統治者には、ライオンの力とキツネの狡猾さの両方が必要になる。
マキャヴェリは政治を、力だけでも善意だけでも動かない複雑な世界として見ていました。
4-5. 「マキャヴェリズム」と本人の思想は同じなのか
現在では「マキャヴェリズム」「マキャヴェリ的」という言葉が、目的のために策略や冷酷な手段を使う態度を表す言葉として使われることがあります。
しかし、この言葉から想像される人物像と、マキャヴェリ本人の思想を完全に同一視することには注意が必要です。
マキャヴェリは『君主論』だけを書いた人物ではありません。
『ディスコルシ』では共和政の制度や自由についても論じています。
そのため研究上も、彼を単純な専制政治の擁護者としてだけ理解するのではなく、共和主義の思想家として捉える研究があります。
「マキャヴェリ=悪を勧めた人」というイメージだけでは、500年間読み続けられてきた彼の思想の全体像を捉えることはできないのです。
5. なぜ『幼女戦記Ⅱ』第11話にマキャヴェリなのか
『幼女戦記Ⅱ』第11話で描かれたのは、単なる戦場での勝敗だけではありませんでした。
誰を排除するのか。
その排除によって何が起きるのか。
誰に責任を負わせるのか。
そして一つの出来事を、さらに大きな政治的目的へどうつなげるのか。
ここまで来ると、問題は戦術だけではなく権力と統治の問題になってきます。
だからこそ今回の哲学幻談では、約500年前の政治を実際にその目で見て、『君主論』を書いたマキャヴェリ先生に登場してもらいました。
海外ファンが「これは官僚制が暴走するホラーだ」と表現した第11話。
その恐ろしさの一つは、登場人物たちが感情だけで暴走しているのではなく、むしろ恐ろしいほど合理的に考えているところなのかもしれません。
善悪だけで政治を見るのではなく、「その決断は現実にどんな結果を生むのか」という視点を持ち込んだマキャヴェリ。
その目を通して第11話を見ると、ターニャとゼートゥーアの会話はまた違った姿に見えてきます。
ターニャの案と『君主論』第7章は、どこが似ていて、どこが違うのか。
詳しい考察は動画本編でお楽しみください!
6. まとめ:理想ではなく「現実の政治」を見たマキャヴェリ
ニッコロ・マキャヴェリは、1469年にフィレンツェで生まれました。
共和国の官僚・外交官として約14年間政治の最前線に立ち、各国の権力者と接し、戦争と外交の現実を見続けました。しかし政変によって職を失い、投獄と拷問を経験します。
政治の表舞台から追われた後に書かれたのが、後世に大きな影響を与える『君主論』でした。
そして今回の『幼女戦記Ⅱ』第11話と特に重なるのが、『君主論』第7章に記されたチェーザレ・ボルジアとラミロの出来事です。
この話が面白いのは、マキャヴェリが想像だけで作った政治の寓話ではないことです。
ラミロの処刑は実際に起こり、マキャヴェリ自身が外交官としてその時代のチェーザレを観察していました。
現実に起きた出来事を観察し、そこから「権力はどう動くのか」を考える。
そこにマキャヴェリの思想の大きな特徴があります。
マキャヴェリは、単純に「悪いことをしてでも勝て」と言った人ではありません。
善いことだけをしていれば政治は必ずうまくいくのか。
現実がそうではないとき、統治者はどうすべきなのか。
そんな厄介な問題から目をそらさなかった人物だったのだと思います。
『幼女戦記Ⅱ』第11話も、まさに簡単な善悪では割り切れないところまで物語が進んできました。
敵からも味方からも狙われるルーデルドルフ。
親友の排除を決断したゼートゥーア。
そして、その提案をさらに恐ろしい方向へ発展させるターニャ。
この先、彼らの計画がどのような結果につながるのか。
次回の2期の最終回がとても楽しみです。
動画では、ピヨ太郎、もちもち、マキャヴェリ先生の会話を通して、『君主論』第7章と第11話のつながりをより視覚的に分かりやすく紹介しています。
まだご覧になっていない方は、ぜひ動画本編もチェックしてみてください。

ニッコロ・マキャヴェリ関連の書籍
©カルロ・ゼン・KADOKAWA刊/幼女戦記2製作委員会
参考文献・参考サイト
ニッコロ・マキャヴェリ『君主論』
ニッコロ・マキャヴェリ『ディスコルシ』
Stanford Encyclopedia of Philosophy「Niccolò Machiavelli」
https://plato.stanford.edu/entries/machiavelli/
※本記事の哲学者の会話部分には、史実や著書を参考にしつつ、アニメの考察に合わせて独自に構成したフィクションが含まれます。
また、マキャヴェリの思想については現在も研究者によってさまざまな解釈があります。
本記事では『幼女戦記Ⅱ』を楽しみながら哲学・政治思想に触れるための入門的な内容として紹介しています。
海外の反応と哲学考察を組み合わせた動画をYoutubeで毎週公開しています。
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