アニメ『淡島百景』第7話。
サブタイトルは「山県沙織と武内実花子/武内実花子と山県沙織」。
「みんなでまた同じ舞台に立とう。誰一人欠けちゃダメだからね」
女優として活躍を続ける沙織は、過労で倒れ舞台を降板。
新たにキャスティングされたのは病で淡島を去った同級生、実花子でした。
海外では実花子と沙織の関係性や、淡島ならではの厳しい競争など、今回も様々な意見がありました!
さっそくRedditを中心とした海外の反応を見て行きましょう。
後半では海外の反応から哲学的考察をしていきます。
ぜひ最後までお付き合いください!
アニメ『淡島百景』第7話 海外の反応と哲学的考察|毎話がセラピストの診察を受けているような気分になるよ
海外の反応まとめ【ネタバレあり】
衝撃・驚きの反応
“Wait, so Mikako’s part got taken by Yuuki because she was sick but then Mikako took Yuuki’s part when *she* fell sick? And now they’ve gotten double casted in the same production so they can share the stage like they always wanted. Funny how things work out in the end.”
え、待って、実花子が病気になったから彼女の役を結が引き継いだのに、今度は結が病気になった時に実花子が彼女の役を引き継いだの?
セッティングや配役がこうして回っていくなんて本当に面白いよね。
そして今、彼らは同じ公演でダブルキャストになって、ずっと望んでいたようにステージを分け合うことができるようになった。
最後にはこういう風に物事がうまくいくなんて面白いよね。
“Does she really?”
本当に彼女が?
“They got a double cast as adults!”
大人になってからダブルキャストになったんだ!
“Oh, I bet her inviting her family to come watch her perform is also part of why she was so determined to play the part?”
家族を公演に招待したのも、彼女がその役を演じることにあれほどこだわった理由の一部なんだろうね。
“So that’s what got Mikako interested in theater.”
それが実花子が演劇に興味を持つきっかけだったんだ。
“It’s ironic that Mikako’s the one with frail health but Saori’s the one who later got hospitalised.”
体が弱いのは実花子の方なのに、後になって入院したのは沙織の方だったなんて皮肉だね。
“”we worried about her as we abandoned her” is a hell of a line”
「見捨てるようにして心配した」というのは、本当にとんでもないセリフだ。
笑い・ユーモア系
“Kayo might not be on stage with them but she is at least supporting Saori emotion-wise… dessert-wise… *otherwise??*”
佳代は彼女たちと一緒にステージに立ってはいないかもしれないけど、少なくとも精神面でも……デザート面でも……その他の面でも沙織を支えているよね??
“First, let it be noted that the correlation between prominent anime girl nose and exceptional acting talent in this episode is 100%. Perhaps other shows should feel emboldened to grant their female characters discernable noses if it impacts the character power levels.”
まず、このエピソードにおいて「特徴的な鼻を持つアニメの女の子」と「並外れた演技の才能」の相関関係が100%であることに注目してほしい。
もしこれがキャラクターのパワーレベルに影響するのだとしたら、他のアニメも女性キャラクターにはっきりとした鼻を与える勇気を持つべきかもしれない。
“Which leads me to reiterate: Tabata must be protected at all costs.”
ということは、改めて言わなければならない。
田畑は全力で守らなければならない。
“It do be like that sometimes.”
そういうこともあるよね。
“Yeah, there they are in the audience.”
そうだね、客席に彼女たちがいる。
“There’s a “sore demo” from… I guess it was Saori?”
「それでも」っていうセリフがあったけど……あれは沙織からだったのかな?
“Maybe a dub of this with westernized names might work to at least remember their names.”
名前を覚えるためだけでも、西洋風の名前にした吹き替え版があればいいかもしれないね。
深い考察系
“The back and forth between Mikako and Saori through the years as one replaced the other starting in Awajima brought home a resonant point: the bitterness, bullying, and meanness of Awajima are rooted in the grounded understanding of the girls that they are competing for a finite number of roles and finite amount of attention pretty much from the moment they start attending the school.”
長年にわたる実花子と沙織の、淡島から始まったお互いの代役という行き来は、共感を呼ぶポイントを突いている。
淡島で見られる苦々しさ、いじめ、そして意地悪さは、少女たちが学校に入学した瞬間から、限られた数の役柄と限られた量の注目を競い合っているという現実的な理解に根ざしているんだ。
“To be philosophical about not getting the roles you put everything you had to acquire seems almost to be a luxury of adulthood. The adults having had to understand that although their best efforts might skew the odds, pure luck as much as their personal sacrifices will determine whether they get their dream roles or end up having to watch their rivals occupy that space. For the Awajima children that are fixated on performing at the highest level, expecting that kind of equanimity seems almost unfair.”
すべてを捧げて手に入れようとした役を得られなかったことに対して、哲学的に捉えることは、ほとんど大人の特権のように思える。
大人は、自分の最善の努力が確率を少しは変えるかもしれないとしても、夢の役を手に入れられるか、あるいはライバルがその場所に座るのを見守る羽目になるかは、個人の犠牲と同じくらい「純粋な運」によって決まるということを理解せざるを得なかったのだから。
最高レベルで演じることに固執している淡島の子どもたちに、そのような平穏さを求めるのは、ほとんど酷なことのように思える。
“Even if they were only stepping in because a friend had fallen ill, I think both Saori and Mikako must have felt, deep down, that getting to play the lead was a real opportunity for them as actors. At the same time, they must also have felt the frustration of having to give up the leading role they had originally been meant to play.”
たとえ友達が病気になったから代わりに役に入っただけだとしても、沙織も実花子も内心では、主役を演じられることは役者として本当に大きなチャンスだと感じていたはずだ。
同時に、本来自分が演じるはずだった主役を諦めなければならなかった悔しさも、やはり感じていたに違いない。
“Struggling with guilt about not living up to the expectations you put onto yourself for your mother’s sake is such a real idea, and being frustrated with her despite her mother never being negative towards her when she couldn’t live up to said expectations because she only wanted her daughter to be happy and healthy.”
母親のために自分に課した期待に応えられない罪悪感と格闘するというのは、本当にリアルな描写だ。
そして、母親は娘にただ幸せで健康でいてほしいと願っているだけで、期待に応えられなかった時も決して否定的な態度を取らないにもかかわらず、その母親に対して苛立ちを感じてしまう心理もとてもリアルだ。
“Kinda hurts me to see how this show is so under watched and low rated. But then again, you need a high attention span to understand this, unless you just wanna go “what happened?” at the end. And I doubt today’s generation would like this kind of show when there are so many battle shounens around.”
この作品がこれほど視聴者が少なく、低評価されているのを見るのは少し胸が痛む。
しかし、一方で、この作品を理解するには高い集中力が必要だ。
結末で「何が起きたの?」とただ混乱したくないのであればね。
バトル系の少年漫画原作のアニメが溢れている今の世代に、このような作品が好まれるかどうかは疑問だけど。
“The fact that this can bring characters to life almost instantly demonstrates just how fine the writing is for this series. To enjoy shows like this one needs to be both attentive and patient — and then be able to pause and reflect a bit.”
キャラクターを一瞬で生き生きと描き出せるという事実は、このシリーズの脚本がいかに素晴らしいかを証明している。
このような作品を楽しむには、注意深く、そして忍耐強くある必要がある。
そして、少し立ち止まってじっくり考えることができる人でなければならない。
“I thought “double-cast” means sharing the same part — taking turns doing the same role on alternate days in the same production. So, they “sort of” share the same stage in the same play — but not in the same performances. Unless the term is being used differently here.”
「ダブルキャスト」とは、同じ役を共有すること、つまり同じ公演で1日おきに交互にその役を演じることだと思っていた。
だから、彼女たちは同じ芝居で同じ舞台を「ある意味で」共有しているけれど、同じパフォーマンスに出演しているわけではない。
ここでその言葉が違う意味で使われていない限りはね。
“Mikako made the right choice in pausing her career to focus on her health. Had she repeated her mistake when she’s still in the revue school, she would’ve been in too poor of a health condition to continue her career anyway.”
実花子は健康を最優先にするためにキャリアを一時休止するという、正しい選択をした。
歌劇学校にいた頃に同じ過ちを繰り返していたら、彼女はどのみちキャリアを続けられないほど健康状態を悪化させていただろう。
感動・共感系
“Tender episode today. Even though they’ve all chosen their paths and they don’t always cross, it’s good to see a group of school friends that stay together as much as they can as adults.”
今日は心温まるエピソードだった。
それぞれが自分の道を選び、必ずしも交差するわけではなくても、学校時代の友達が大人になってもできる限り一緒にいようとするのを見るのは素晴らしいことだ。
” “I was so convinced that I needed to live up to my mom’s expectations, and convinced that she needed to cheer for me the way I wanted.” What a powerful line… this anime really digs so deep into the core of relationships I feel like every ep is a visit to the therapist .”
「お母さんの期待に応えなきゃって思い込んで、お母さんにも私が望むように応援してほしいって思い込んでた」
なんて力強いセリフなんだ……。
このアニメは人間関係の核心に深く切り込んでくるので、毎話がセラピストの診察を受けているような気分になるよ。
“And yet, of course, both Saori and Mikako also cared deeply about each other. I have nothing but respect for Awajima Hyakkei for portraying this kind of emotional complexity so beautifully.”
それでも、もちろん沙織も実花子もお互いをとても深く思いやっていた。
このような複雑な感情を美しく描き出している『淡島百景』には、尊敬の念しか湧かない。
“When both were seen in hospital at one point in their lives, I was worried that their story would end in a tragedy. They wouldn’t be able to fulfil their promise of sharing a stage. I was delighted to be mistaken. Not only did both got well, they eventually fulfilled their promise. Pretty much a fairy tale ending.”
人生のどこかで二人が共に入院している姿を見た時、彼らの物語が悲劇で終わるのではないかと心配していた。
同じステージに立つという約束を果たせないのではないかと。
自分が間違っていて本当に嬉しかったよ。
二人とも元気になっただけでなく、最終的にその約束を果たしたんだ。
まるで童話のような、素晴らしい結末だ。
“Feels like this show drops 2-3 of those an episode. Lines that seem simply written but hit like a truck in context.”
この作品は毎話2、3回はそういうのを仕掛けてくる気がする。
シンプルに書かれているように見えるのに、文脈の中でトラックに轢かれたかのような衝撃を与えるセリフをね。
“It was nice to see parents playing such a positive and supporting role. It was also nice to see former fellow students in a setting unconnected to the school — but still engaged in acting (in tandem).”
親がこれほど肯定的でサポートする役割を果たしているのを見るのは素晴らしいことだった。
そして、学校とは関係のない場所で、かつての同級生たちが(二人三脚で)今も演劇に携わっている姿を見るのも良かった。
“This show plays with our emotions every week and I keep coming back to take it again and again.”
この作品は毎週私たちの感情を揺さぶるけれど、私は何度も何度もそれを受け止めるために戻ってきてしまうよ。
引用元:
Reddit
海外の反応、いかがでしたか?
それぞれ別の人生を歩みながらも、お互いへの想いや、かつて果たせなかった「同じ舞台に立つ」という約束に向き合い続ける実花子と沙織。
過酷な状況下での挫折や再起を通じて、二人が大人になり再び結びつく美しい展開に、多くの海外ファンが心打たれていました。
少女たちの抱える複雑な心理や、淡島ならではの厳しい葛藤など、一見シンプルながらも胸を打つセリフの数々に深い洞察が多く見られました。
少し深掘りしてみましょう。
哲学から見るアニメ『淡島百景』
「純粋な運を受け入れる難しさ」ロールズの運の平等主義
“To be philosophical about not getting the roles you put everything you had to acquire seems almost to be a luxury of adulthood. The adults having had to understand that although their best efforts might skew the odds, pure luck as much as their personal sacrifices will determine whether they get their dream roles or end up having to watch their rivals occupy that space. For the Awajima children that are fixated on performing at the highest level, expecting that kind of equanimity seems almost unfair.”
すべてを捧げて手に入れようとした役を得られなかったことに対して、哲学的に捉えることは、ほとんど大人の特権のように思える。
大人は、自分の最善の努力が確率を少しは変えるかもしれないとしても、夢の役を手に入れられるか、あるいはライバルがその場所に座るのを見守る羽目になるかは、個人の犠牲と同じくらい「純粋な運」によって決まるということを理解せざるを得なかったのだから。
最高レベルで演じることに固執している淡島の子どもたちに、そのような平穏さを求めるのは、ほとんど酷なことのように思える。
このコメントは、アメリカの哲学者ジョン・ロールズが提唱した「運の平等主義(道徳的恣意性)」の視点と深く共鳴しています。
ロールズは、個人の成功や社会的地位は本人の努力だけでなく、生まれ持った資質や偶然の環境といった「道徳的に恣意的な運」に大きく左右されると指摘しました。
配役という成功が「純粋な運(pure luck)」に依存しているという事実を、人生経験を積んだ大人は自らの犠牲とともに受け入れています。
しかし、ただ純粋に最高のパフォーマンスを追い求める淡島の少女たちが、その理不尽な現実を前にして冷静さを保つのは酷であると分析するこの視点は、運と公正に関するロールズの正義論そのものです。
「有限な承認をめぐる葛藤」ルソーの比較による自己愛
“The back and forth between Mikako and Saori through the years as one replaced the other starting in Awajima brought home a resonant point: the bitterness, bullying, and meanness of Awajima are rooted in the grounded understanding of the girls that they are competing for a finite number of roles and finite amount of attention pretty much from the moment they start attending the school.”
長年にわたる実花子と沙織の、淡島から始まったお互いの代役という行き来は、共感を呼ぶポイントを突いている。
淡島で見られる苦々しさ、いじめ、そして意地悪さは、少女たちが学校に入学した瞬間から、限られた数の役柄と限られた量の注目を競い合っているという現実的な理解に根ざしているんだ。
この指摘は、フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーが唱えた「比較による自己愛(Amour-propre)」の理論を見事に反映しています。
ルソーは、社会において資源や他者からの承認が有限である時、人々は常に他者と自分を比較し、それが嫉妬や競争心、さらには悪意の根源になると論じました。
限られた配役や周囲からの注目(finite number of roles and attention)を奪い合うことで生まれる少女たちの苦悩やいじめは、ルソーが説いた社会的な承認欲求と不平等の発生メカニズムに重なります。
限られた舞台を巡る少女たちの切実な競争が、まさに「比較による自己愛」の苦々しさを生み出しているのです。
「内面化された他者の視線」ラカンの他者の欲望
” “I was so convinced that I needed to live up to my mom’s expectations, and convinced that she needed to cheer for me the way I wanted.” What a powerful line… this anime really digs so deep into the core of relationships I feel like every ep is a visit to the therapist .”
「お母さんの期待に応えなきゃって思い込んで、お母さんにも私が望むように応援してほしいって思い込んでた」
なんて力強いセリフんだ……。
このアニメは人間関係の核心に深く切り込んでくるので、毎話がセラピストの診察を受けているような気分になるよ。
親の期待に応えようとし、特定の形での承認を求めてしまうキャラクターの心理的葛藤は、フランスの精神分析医ジャック・ラカンが提唱した「欲望は他者の欲望である」という概念とシンクロしています。
ラカンは、人間の欲望は純粋に自分の中から生じるものではなく、常に「他者が自分に何を望んでいるか」を内面化したものであると定義しました。
私たちは自分の望みだと思っていることでも、実は「他者(この場合は母親)に望まれた姿」をなぞっているに過ぎないという点です。
お互いを深く思いやりながらも、他者の期待と自己の期待の歪みに苦しむ二人の姿は、ラカンの言う他者との関係性のなかで形成される無意識の欲望の構造をまざまざと映し出しています。
まとめと感想
アニメ『淡島百景』第7話、お互いの代役を繰り返してきた実花子と沙織が、ついに同じ舞台でダブルキャストとして立つという、あまりにも感動的で美しい回でした。
前半での淡島時代の厳しい現実や親の期待に押しつぶされそうになる葛藤が丁寧に描かれていたからこそ、大人になった二人が約束を果たし、同じ舞台に立つ姿には深く胸を打たれました。
海外の反応でも、体調を崩した二人がそれぞれ代役を務め合い、悲劇で終わるのではなく、共に回復して夢の舞台を共有できたという結末を祝福する声で溢れていました。
言葉自体はシンプルながらも、複雑な人間関係や感情をこれほど美しく、繊細に描ききった脚本の素晴らしさには本当に尊敬の念しか湧きませんね。
それぞれが別の道を進みながらも、確かに繋がっている。そんなかつての級友たちの姿に心温まるエピソードでした。
海外のコメントに関しては、「毎話がセラピストの診察を受けているような気分になるよ」というコメントが印象的でした。
「この作品には集中力が必要だ」というコメントにも深く共感します。
毎話、私の人生のもう見たくない、思い出したくない部分を炙りだしてくるようで辛くなる時があります。
だから見る前に「さあ、淡島百景観るか!」と、気合を入れないと見れないのです。
覚悟して観るとでも言いますか(笑)
でもそれだけ心を持っていかれる、素晴らしい作品だと思います。
引き続きこのブログでは第8話も海外の反応をお届けしますのでお楽しみに!
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