ナックルダスターという生き方。哲学者サルトルが解く、海外の反応から見るヴィジランテ

ヴィジランテとサルトル アニメ×哲学

今回のテーマは、アニメ『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア -ILLEGALS-』に登場する「ナックルダスター」です。
この記事では、動画で語られたナックルダスターの魅力について触れつつ、動画内では時間の都合で語り尽くせなかった哲学者サルトルの波乱に満ちた生涯について、詳しく掘り下げていきます。

ナックルダスターという生き方。哲学者サルトルが解く、海外の反応から見るヴィジランテ

なぜ特別な力(個性)を持たないはずの彼が、海外のファンからこれほどまでに熱く支持されるのでしょうか?
今回公開した動画では、実存主義の哲学者ジャン=ポール・サルトルの思想を通して、彼が背負う「自由」と「責任」の正体を解き明かしました。

ここから先はアニメのネタバレを含みます。

1. 海外が震えた!ナックルダスターという男

『ヴィジランテ』は、大人気作品『僕のヒーローアカデミア』のスピンオフ作品ですが、その中でも異彩を放つのが師匠キャラである「ナックルダスター」です。
かつては高速の個性を持つプロヒーロー「オクロック」として活躍していましたが、オール・フォー・ワンに個性を奪われ、その地位を失いました。
しかし、彼はそこで終わりませんでした。個性を失った後も、彼は拳ひとつで悪と戦う「自警団(ヴィジランテ)」としての道を選んだのです。

この彼の生き様に対して、海外の掲示板Redditでは熱狂的な賞賛の声が上がっています。

Quirks don’t make a hero, anybody can be a hero.(個性はヒーローを作らない。誰だってヒーローになれるんだ。)

He’s gone full John Wick! (彼は完全にジョン・ウィックになった!)

The Man Returns.(漢が、帰ってきた。)

ナックルダスターが支持される理由は、単なる強さではありません。全てを失ってもなお、自分の意志で戦い続けるその「選択」に、多くのファンが心を揺さぶられているのです。引用①

2. サルトル先生の哲学講座:実存は本質に先立つ

動画の中では、ピヨ太郎ともちもちの元に、特別講師としてサルトル先生が登場します。彼はナックルダスターの生き方を、自身の哲学である「実存主義」の最高の教科書だと語ります。


※哲学者のセリフは、史実や著書の内容を参考にしつつ、アニメの考察に合わせて独自に構成したフィクションが含まれます。 学術的な正確性を保証するものではありませんので、一つの考え方としてお楽しみください。

ジャン=ポール・サルトル
ジャン=ポール・サルトル

ナックルダスターの生きざまこそが私の哲学「実存は本質に先立つ」の
最高の教科書だ。今日はここから授業を始めよう。
いいかい、ピヨ太郎くん。もちもちくん。
ここに「ペーパーナイフ」があるとしよう。これは何のために作られた?

もちもち
もちもち

紙を切り切りするためー!

ジャン=ポール・サルトル
ジャン=ポール・サルトル

そうだ。「紙を切る」という目的(本質)が先に決まっていて、
そのために職人が作る。
つまり「本質(目的)、実存(存在)」の順だ。
だが、このアニメの世界のヒーローたちも、
実はこれに近いと思わないかね?

ピヨ太郎
ピヨ太郎

確かに、ヒロアカの世界観ってそうだよね。

もちもち
もちもち

ヒロアカの世界だと個性が本質ってことなのかな?

ジャン=ポール・サルトル
ジャン=ポール・サルトル

トレビアン!もちもち君。
このヒロアカの世界では「個性イコール本質」だ。
個性がその人の人生の意味を先に決めてしまっている。
だからこそ、個性を奪われた元ヒーローオクロックは、
「ペーパーナイフ」なら「切れなくなったナイフ」、つまりゴミ箱行きだ。

ピヨ太郎
ピヨ太郎

そっか。人間やボクたちはちがうよね。
まず生まれる。目的もなく実存が先なんだ。

もちもち
もちもち

ヒロアカの世界の人たちは個性があるから、なんか大変そうだね。
個性失くしたら存在意義がないってことになるのかー。

ジャン=ポール・サルトル
ジャン=ポール・サルトル

しかし! ナックルダスターはどうだ? ゴミ箱に行くどころか、
筋肉ムキムキで悪党を殴り倒している!
彼は「速く走る機能」を失った後、「俺はどう生きるか」を
自分で選び、行動し始めた。
これこそが「実存(まず存在する)」が「本質(役割や能力)」に
先立っている状態だ。
彼は「元ヒーロー」という過去の肩書きではなく、
「今、戦うことを選んでいる自分」として存在しているのだよ。

ペーパーナイフと人間

サルトル哲学の根幹にあるのが「実存は本質に先立つ」という言葉です。

例えば「ペーパーナイフ」は、「紙を切る」という目的(本質)が先にあり、そのために作られます。つまり「本質」が「実存」に先立っています。しかし、人間は違います。人間はまずこの世に生まれ(実存)、その後に自分で自分自身のあり方(本質)を選び取っていく存在です。

ナックルダスターもまた、かつての「プロヒーロー」という肩書き(本質)を失いました。もし彼が道具であれば、役割を失った時点でゴミ箱行きです。しかし、彼は人間です。彼は「無個性」という状況の中で、自らの意志で「ヴィジランテとして戦う」という生き方を選び取りました。

サルトル先生とピヨ太郎たちの哲学トーク、そして「自由の刑」についての詳しい解説は、ぜひ動画本編でお楽しみください!

ナックルダスターの生き様を動画でチェック!


サルトル先生による熱い哲学講義と、ピヨ太郎&もちもちの掛け合いはYouTubeでご覧いただけます。

3. 哲学者ジャン=ポール・サルトルの生涯

ここからは、動画の解説役として登場した哲学者ジャン=ポール・サルトル自身が、どのような人生を歩んだのかを詳しくご紹介します。彼の人生そのものが、まさに実存主義の実践でした。

3-1. 生い立ちと幼少期

1905年6月21日、サルトルはパリで生まれました。しかし、生後わずか15ヶ月で海軍将校だった父を熱病で亡くします。「父の不在」は、彼が生涯にわたり「権威」や「父性」に対して批判的な目を向ける一つの要因になったとも言われています。

彼はシュヴァイツァー家に引き取られ、祖父シャルル・シュヴァイツァーの元で育てられました。シャルルは、後にノーベル平和賞を受賞するアルベルト・シュヴァイツァーの伯父にあたる人物です。幼い頃から祖父の書斎で多くの本に囲まれて育ちましたが、3歳の時に病気により右目の視力をほぼ失い、強度の斜視となります。この身体的なコンプレックスもまた、彼の自己形成に大きな影響を与えました。

3-2. 学歴とエリートへの道

サルトルは、フランスのエリート養成コースを歩みました。名門リセ・アンリ4世校を経て、超難関校である高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリウール)に入学します。

1929年、哲学の教授資格試験(アグレガシオン)を首席で合格しました。この時の次席が、生涯のパートナーとなるシモーヌ・ド・ボーヴォワールでした。ボーヴォワールは当時、歴代最年少での合格という快挙も成し遂げています。当時のフランスにおいて、サルトルはまさに知性の頂点に立つ若きエリートだったのです。

3-3. 思想の形成と戦争体験

実存主義の誕生

彼の名を世界に知らしめたのは、主著『存在と無』や小説『嘔吐』です。彼は「人間には神のような創造主はおらず、あらかじめ決められた運命はない」と説きました。だからこそ、人間は自由であり、その自由な選択に対して全責任を負わなければなりません。これを彼は「人間は自由の刑に処せられている」と表現しました。

第二次世界大戦とレジスタンス

1939年、第二次世界大戦が勃発するとサルトルも召集されますが、1940年にドイツ軍の捕虜となります。収容所での体験や、釈放後の対独レジスタンス運動への参加は、彼の思想を「個人の自由」から「社会参加(アンガージュマン)」へと向かわせました。戦後、彼は知識人が社会状況に積極的に関与し、変革を目指すべきだと強く主張するようになります。

3-4. シモーヌ・ド・ボーヴォワールとの関係

サルトルを語る上で欠かせないのが、ボーヴォワールとの関係です。1929年に出会った二人は、互いの才能を認め合い、独自の「契約」を結びました。

これは法的な結婚ではなく、互いの性的自由や他の恋愛(偶然の愛)を認めつつ、二人の関係(必然的な愛)を最優先するという、当時としては極めて前衛的なパートナーシップでした。さらに、他の関係についても嘘偽りなくすべてを報告し合うことが条件とされていました。二人は生涯別居を貫き、子供も持ちませんでしたが、その知的結びつきはサルトルが死ぬまで50年以上続きました。

3-5. 政治活動とノーベル賞辞退

戦後のサルトルは、雑誌『レ・タン・モデルヌ』を拠点に精力的な言論活動を展開しました。フランスによるアルジェリア植民地支配を激しく批判し、キューバ革命やベトナム反戦運動も支持しました。かつての友であったアルベール・カミュとは、共産主義や政治的暴力をめぐる意見の相違から決裂しています。

そして1964年、サルトルはノーベル文学賞に選出されますが、これを辞退しました。辞退の理由として彼は複数の点を挙げており、「作家は自らを生きた制度にすることを拒絶しなければならない」という個人的な信念に加え、ノーベル文学賞が「実質的には西側の作家にだけ与えられる賞である」という批判も表明しています。なお、彼はこれより前の1945年にも、フランス最高勲章であるレジオン・ドヌール勲章の受章を辞退しており、「公的な賞はどれも辞退してきた」と後に述べています。自らの意志でノーベル文学賞を辞退したのは、サルトルが唯一の人物です。

3-6. 晩年と最期

晩年のサルトルは病魔との戦いでした。1973年には読み書きに使っていた左目の視力も失い、読み書きができなくなります。哲学者にとって「書くこと」を奪われるのは死に等しい苦しみでしたが、彼は口述筆記や対談を通じて思考を発信し続けました。

1980年4月15日、肺水腫により74歳で死去。彼の葬儀には約5万人もの人々が参列し、パリの街を埋め尽くしたと言われています。彼は現在、モンパルナス墓地でボーヴォワールと共に眠っています。

4. ナックルダスターとサルトル

こうしてサルトルの生涯を振り返ると、アニメ『ヴィジランテ』のナックルダスターと重なる部分が見えてきます。

ナックルダスターは、法的なヒーロー免許を持たず、社会的な「制度」の外側で戦うことを選びました。それはまさに、既存の権威や制度を拒否し、自らの信念に従ってアンガージュマン(社会参加)を続けたサルトルの姿勢に通じます。

誰かに命じられたからではなく、報酬があるからでもなく、ただ「自分がそうあることを選んだ」から戦う。その孤独と責任を引き受ける姿こそが、ナックルダスターの魅力であり、サルトルが説いた「実存的英雄」の姿なのではないでしょうか


ジャン=ポール・サルトルについての記述引用元「スタンフォード哲学百科事典」

まとめ

アニメというエンターテインメントの中にも、深く考えさせられる哲学的なテーマが隠されています。
ナックルダスターの生き方は、現代を生きる私たちに「自分の人生をどう選び取るか」という問いを投げかけてくれているようです。

動画では、より視覚的に分かりやすくこのテーマを解説しています。
まだご覧になっていない方は、ぜひチェックしてみてください。

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